対人関係職の問題は、多忙ではなく「多忙感」 

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神戸の教諭間いじめが大きな問題になっていますね。

教職員の不祥事だけではなく、

子どもたち同士のいじめやそれによる自死など

学校現場の様々な問題がテレビや新聞で連日取り上げられています。

教員を含む、子どもたちを支援する立場である対人援助職(SCやSSW、または児童相談所など)

には、どのような役割や子どもへの関わりが求められているのでしょうか

その背景にある問題とは、どういったものなのでしょうか。

ということについて考えていきたいと思います。

 

スバリ、子どもたちを取り巻く大人たち支援者が、最も重要視すべきことは

「コミュニケーション」だと思います。

そして、様々な問題が起きたり、大きくなってしまう背景には、

必ずと言っていいほど、

「コミュニケーションの欠如」という問題が潜んでいます。

 

コミュニケーションの重要性は、教員と児童生徒間だけではなく

  • 親と子ども
  • 教員と教員
  • 教員と保護者
  • 教員と専門職
  • 保護者と専門職
  • 子どもと子ども
  • 子どもと・・・

など、あらゆる状況において言えることです。

子どもを守る最終関門である児童相談所は

本来ならば、多くの時間を費やし、子どもや保護者と話をして行かなければなりませんし

虐待案件などについては、一時保護が妥当か判断するために、かなりの労力を必要とします。

また、現場の最前線で子どもと関わる教員は

様々な機会で子どもたちを捉えることができる立場であり、

コミュニケーションを図る機会も、他の支援者より多いです。

 

本来ならば、十分なコミュニケーションをとる必要がある場面で

そのことが阻害される要因とは一体なんでしょうか。

それこそが、多忙「感」だと思います。

 

児童精神、児童心理や児童相談所などが顕著だと思いますが

忙しくなると、どうしても一人と話す時間を短くするしか方法がなくなってきます。

その案件を収束に向かわせる、解決に導くために必要な時間をとるのではなく

多忙ゆえに決められた時間で対応することになります。

そして、それが続いていくと

誰かとコミュニケーションを取ろうとする、態度や姿勢さえも失われていきます。

それは物理的な多忙とは、また違う多忙感と言えるものです。

 

人が、万全、もしくはより良いコンディションであるときは

進んで人と関わる、特に聴き役に回ることができますが

コンディションが悪いと

人と関わっても、一方的に話して、内容もネガティヴな愚痴などが多くなります。

 

コミュニケーションの本質とはそういうものです。

つまり、子どもたちに関わろうとする対人援助職や機関に必要なことは

「心の余裕」です。

例えば、物理的な忙しさがあったとしても、

職場環境や同僚の関係性などで労いあえたりして、気持ちの整理ができる状況であれば、

人は多忙間に支配されずにすむのです。

心の余裕は、抽象的な表現であるために、もちろん人によって違います。

むしろ、ここが重要です。

夜の8時まで残業していても、

元気バリバリの人もいれば、チーンとなっている人もいます。

ワークライフバランスは、人によって違うのです。

 

・・・今日はここまで!!笑

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