価値から解放されることの大切さ②

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前回の続き。いや、思いつくことをただひたすら書いていくので、続きになっているかは怪しい。

「価値から解放されることの大切さ」を伝えたいのは、
親や教師といった、子どもを取り巻く大人たちである。

あらゆる価値から解放されるということは、難しいかもしれないが
時代錯誤の価値観からは、すぐさま解放される必要がある。

子ども、親、学校、社会

これら全てがある一定の価値基準を持っているなら、そう問題にはならない。
つまり、問題が起きているということは、それぞれの価値がバラバラだということ。

社会を構成する企業は、今、もしくはこれから必要と思われるサービスを提供している。
不要になったものは、残酷なほどに切り捨てられていくため
常に価値観をアップデートすることが求められる。企業存続、利益を求めているからこそ
そこはシビアなものとなっている。

子どもは、今与えられているモノを扱い、今与えられているモノから学ぶ。
本来は、純粋に、その場、その時代に必要な価値を掴んでいく。

その子どもに最も近い存在の親はどうか。
親は、基本的には自分が生きてきた社会の中にあった価値観で生きる。
それをもとに、子どもを育てる。
その価値観の時間軸は、多くの親が現在から過去における価値観である。

学校はどうか。学校は、親と過ごし、コミュニケーションをとる時間よりも
長く過ごす場になっている。その学校の価値基準はどこから来ているか。
未来を見ているか、今を見ているか、過去を見ているか。
子どもを社会につないでいく、学校は、その機能を本当に満たしているのか。

もし、各企業が、大学3、4回生の就職活動の時期ではなく
赤ん坊の頃に、社員を採用できるとするならば、将来社員となる子どもたちに、
何を投資し、何を学ばせるであろう。
そもそもどのような職業、性格、能力の親のもと生まれた子どもを採用するだろうか。

親や学校を介さず、子どもと企業が直接結びつくシステムであれば
もっと多様な価値が当たり前に存在し、認められる社会が来るだろうか。

続く

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