臨床心理士とその歴史(国家資格誕生までの流れ)

日本臨床心理士会によると,「臨床心理士とは,カウンセラー,セラピスト,心理職など様々に呼ばれている心理学の専門家のうち,臨床心理学を学問的基盤に持つ者のこと」と記されている。日本臨床心理士資格認定協会では,1988年から一定の水準に達していると認められる臨床心理士の認定業務を行っている。現在では,原則として指定された大学院を修了し(第1種指定大学院の場合),あるいは修了後1年以上の臨床経験(第2種指定大学院の場合)を経て,臨床心理士資格試験に合格した場合に認定資格が与えられる。

しかし,臨床心理士だけが心理業務に携わっているというわけではない。日本国内に心理学に関する資格は,多く存在し,認定心理士,産業カウンセラー,学校心理士,医療心理士等がそれにあたる。日本には未だ心理職の国家資格が存在せず名称独占等の法的規制がないため,「心理士」,「カウンセラー」などを名乗ることは誰にでも可能である。

こうした現状を問題視し,心理士の国家資格を作ろうとする動きが数十年前からあり,臨床心理学関係の学会の分裂や対立を引き起こしてきた。その結果,種々の学会を母体とする種々の民間資格が乱立する状況になっている。こうした中で,日本心理臨床学会を母体として組織された,日本臨床心理士資格認定協会の認定する「臨床心理士」資格は,修士修了を要件とするなど,教育システムも整備されている。大学院で「臨床心理士養成」を銘打つところが多く存在し,公立学校のスクールカウンセラーの要件のひとつになっていたり,医療機関の応募資格になっていたりしている。臨床心理士は,医療,教育,福祉,司法などの「領域横断的な資格」,「大学院修士修了」,「医師とは連携関係を保ち,心理面に関して同等の権限をもつ」資格である。

1970年代には,臨床心理学の国内学会は日本臨床心理学会だけであったが,心理学の資格制定についての意見の対立から,1982年に資格制定に積極的であったグループが飛び出し,日本心理臨床学会を設立し,分裂した。日本心理臨床学会が作った資格が「臨床心理士」である。現在は日本心理臨床学会の方が会員数も圧倒的に多く,日本心理学会を抜いて,日本における心理学関係の学術団体の中で最大の会員数を誇る。一方分裂後の日本臨床心理学会は分裂当初,資格反対を表明していたが,後述の旧厚生省の全国保健・医療・福祉心理職能協会(全心協)設立の動きに呼応し,臨床心理士とは違う心理職の資格推進にまわった。資格反対の勢力は日本社会臨床学会を作り,再分裂した。

一方,医師関連団体は,旧厚生省を動かし,全心協という団体を作り,医師関連団体に都合のいい資格を提案した。それは,「心理士に対する医師の指示」「医療領域限定」「学部卒(一部専門卒も可という解釈もできると言われている)」の資格である。学部卒のため人件費が安くすみ,相対的に学歴が低く医師の指示が規定されているため,医師の意見に反論できない心理士を求めたのである。また医療関係のカリキュラムを短い年限で詰め込むため,人文社会科学の学習機会が少なく,全人的なかかわりができる心理士を養成する意図はないようである。全心協は,医療機関の経営者から従業員である心理士を勧誘するなどして,現在では600人以上の会員数に及んでいると言われている。しかし,会員名簿が公表されておらず,執行部の選出も不透明であり,個々の会員が意見を言う機会もほとんどない。一部の執行部が機関誌を発行したり,研修を行っている。

このような流れから,2005年には全心協が中心になり,医療心理師という国家資格を作る動きが急浮上し,議員連盟をつくり,議員立法の寸前にまで漕ぎ着けた。危機感をもった臨床心理士会側も,臨床心理士推進の議員連盟を設立した。医療心理師推進と臨床心理士推進の両議員連盟が話し合い,医療心理師と臨床心理士の両方を一法案で議員立法化する案で落ち着いた。いわゆる「ニ資格一法案」である。しかし,医療心理師のみの立法化のときは賛成していた,日本医師会,日本精神病院協会,日本精神科診療所協会,日本精神神経学会などの医療関連団体が,立法化直前に各議員に反対表明を送り,この法案は凍結となり,現在にいたっている。この反対表明は急遽作られたためか,誤解と矛盾が多く,感情的な内容であった。この反対表明は,現在,日本精神病院協会側は「正式なものではない」とコメントしており,臨床心理士会側も「当会に何も意見を寄せられていないので,回答できない」としている。

日本では,上述のような医師絶対支配の医療体制が,大学院修了レベルの国家資格制定を阻んできたが,世界的にみると大学院修了レベルの心理士の国家資格が,一般的である。欧米はもちろん日本より学問的には後発の韓国や中国でも,大学院修了レベルの心理士の国家資格ができている。

乾(2003)は,1960年代以降の流れを①「準備の段階」②「基礎構築の段階」③「養成制度拡充の段階」④「安定発展の段階」の4つに分けて論じている。

「準備の段階」では,日本心理臨床学会の設立を目指しており,心理臨床に関する資格化の動きもあったが,養成課程や施設の未整備が指摘され,資格化は時期尚早と見送られることになった。

次に「基礎構築の段階」では,1982年に日本心理臨床学会が設立され,1988年には日本臨床心理士資格認定協会が創設された。準備段階で指摘された養成課程や施設の未整備について検討が行われる中で,臨床心理士を養成するアイデンティティをどこに求めるか,臨床心理士が医師などの他の専門職と明確に異なる独自性は何か,臨床心理士が学ぶべきものは何か,等といった臨床心理士のアイデンティティに関する問題が論議された。この間の1995年には,スクールカウンセラー委託研究事業が開始され,阪神・淡路大震災での臨床心理士による支援活動も行われた。

このような活動によって,社会的に認知され始め,社会的要請も求められるようになった1996年には,「養成制度拡充の段階」に入る。社会から臨床心理士に支援が求められ,それに応えようとする経験から,それまでの相談依頼を待つという姿勢から,自ら働きかける役割機能の視点が備わったという。

社会の高まる要請から,ベテランだけでなく若手の臨床心理士もスクールカウンセラーとして派遣されるという事態から,その養成のために大学院指定制度が導入された。2001年以降は,「安定発展の段階」に入ったが,臨床心理士と近似の他の諸資格との競合や,医療,福祉などの広い臨床実践現場を擁する領域との競合が顕現してきた。それは,基礎構築の段階で議論されていた臨床心理士のアイデンティティに関する問題が,高まった社会的活動の要請によって先送りされてきたためであった。金山(2005)は「心理臨床をめぐる社会的状況の大きな変化に晒され,私たち自身,心理臨床家としてのアイデンティティをゆるがされていることを実感する」と述べているが,他職種との職域の境界線が曖昧であるといった,心理臨床家のアイデンティティの根幹に位置する課題は,目まぐるしい社会的状況の変化によって未だに残されているのである。

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参考・引用

乾吉佑 2003b 日本における臨床心理専門家養成の展望と課題 心理臨床学研究 21(2)

金山由美 2005 「臨床実践」ということ 心理臨床家アイデンティティの育成

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