水城せとなさんの漫画は
前からずっと好きで、失恋ショコラティエや現在休載中の黒薔薇アリスなど
集めているけど、考えさせられるものが多い
幸福と不幸をファンタジーを交えて表現しているこの作品が素晴らしい
今回、「世界で一番、俺が⚪︎⚪︎」読んでみた。おもしろい。
あらすじ
幼なじみのイマドキ男子3人が我が身の不幸を嘆いていると、風変わりな美女が現れた。「セカイ」という組織のエージェントを名乗る彼女に誘われ、3人は「300日後、3人の中で最も不幸になった者はどんな願いも叶う」というゲームへの参加を決める。
主人公は、まさによくいる典型的なアラフォー3人組。
それぞれ、見た目(アッシュ)、頭(柊吾)、心(たろちゃん)
とそれぞれの価値を持っているが、それ以外の部分は何かが欠落しているという設定
それら全てを持ち合わせているものが
「幸福人」と一般的には考えられているが。さてさて…
「安全基地」 心地よい空間を疑え
毎週末3人は、おキマリのカフェに集って、昔話で盛り上がる。
何歳になっても、バカな話ができる仲間。
そのときが、3人ともが肩肘はらず、リラックスできる時間だと思っていた
しかし…、その関係が、それぞれの幸福を遠ざけているとしたら
誰かがその均衡を崩し、それぞれの価値以外の価値を手に入れ
幸せを手にしたら…
幼馴染・イツメン・地元・仲間
その関係は、心地よい「安全基地」のようにみえて
無意識のうちに、お互いがお互いの変化や幸福を妨げている
祝福できる相手の幸せは、自分自身も手に入れることができる幸せに限定されているのかもしれない
最も不幸になったものが、最も幸せになれる
300日後に、最も不幸になったものが
なんでも幸せを叶えられる権利を与えられるという設定
一見、ぶっ飛んだように思えるこの設定
しかし、
慣れ親しんだ仲間といる心地よさ=幸福
という図式が成り立たないとしたら
そこから脱却しなければならない
それは、一旦、自らを不幸に陥れるようなもの
傷ついたり、傷つけたりするのをおそれず
自らの幸せを手に入れる
そういう意味では、
何かを手に入れるためには、何かを手放さなくてはならない
握っているその手を開かなければ、何も手にすることができない
ということ
誰かが幸福になったら、誰かが不幸にならなければいけないのか
最終的には、このことを考えるきっかけになった
世間では、WINWINというような表現があるが
他の誰か(それは友達・家族・同僚・上司・他人関係なく)
の幸福を本気で応援できるような仕組みをつくりたいと思った
とてもおすすめなので、読んでみてください
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